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仙台地方裁判所 昭和63年(ワ)377号 判決

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金三八五万円及びこれに対する昭和六二年一一月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  反訴被告(原告)は反訴原告(被告会社)に対し、金二四万五五〇〇円及びこれに対する昭和六三年四月一四日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、本訴についてはこれを五分しその二を原告の負担とし、その余を被告らの連帯負担とし、反訴については全部反訴被告(原告)の負担とする。

五  この判決は第一、三項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事 実】

第一  当事者の求めた裁判

一  原告(反訴被告)

1  被告会社(反訴原告)及び被告坪川は原告(反訴被告)に対し、各自金七四四万円及びこれに対する昭和六二年一一月一八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告会社(反訴原告)の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、本訴については被告らの、反訴については被告会社(反訴原告)の負担とする。

4  仮執行の宣言

5  反訴につき仮執行免税宣言

二  被告会社(反訴原告)及び被告坪川

1  原告(反訴被告)は被告会社(反訴原告)に対し、金二四万五五〇〇円及びこれに対する昭和六三年四月一四日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。

2  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

4  1項につき仮執行の宣言

第二  当事者の主張

(本訴について)

一  請求の原因

1 原告(反訴被告、以下「原告」という。)は、当時、電気工事会社に勤務する三〇歳の男性であり、被告西友商事株式会社(反訴原告、以下「被告会社」という。)は、穀物・工業品・繊維・砂糖等の商品取引の受託業務等を業とする会社であつて、東京穀物、東京工業品、大阪織物、大阪砂糖等の各商品取引所に所属する商品取引員であり、被告坪川和宏(以下「被告坪川」という。)は同社仙台支店の営業部副課長である。

2 本件先物取引の経過は以下のとおりである。

(一) 原告は、昭和六二年九月二一日、被告会社仙台支店営業社員遠藤貢の来訪を受け、同人から「今、ゴムが一五〇円台です。三月のころは一三〇円台でした。もう二〇円もあがつており、今後は一八〇円位にはなります。最高二〇〇円になるかもしれません。値段が下がることはまずないでしよう。必ず儲ります。」などと執拗に勧誘され、また、被告坪川からも電話で「必ず儲りますから大丈夫任せて下さい。」などと断定的利益判断の提供を受けて、被告会社に対し、商品取引の委託保証金を預託した。

(二) その後、被告らは、「もう一〇枚増やして大きく利益を取りましよう。七〇万円お願いします。」などと申し向け、原告から更に委託証拠金を預託させたり、「大変です。このままでは追加証拠金が必要になつてしまうので両建します。三日待ちますから一四〇万円用意して下さい。大丈夫です。私に任せて下さい。」などと申し向けて次々に原告から委託証拠金名下に金員を交付させた。

(三) そして、原告が「約束が違う。もう金はない。決済してくれ。やめにしてほしい。」と要求しても、「今やめるともつたいない。必ず上がります。いまはストップ安で決済できない。」などと言つて仕切・手仕舞を拒否し、無意味なコロガシによる反復売買をなし、最終的には「大暴落だ。両建にするためあと二〇〇万円を用意しろ。あなたは入金する義務がある。」などと、あたかも二〇〇万円を交付しないと取引から離脱できないかの如き文言を申し向けるなどした。

(四) このようにして、被告会社は、原告から、東京工業品取引所上場のゴムにつき、別紙取引経過表のとおり、昭和六二年九月二二日から同年一一月一八日までの間に四四回にわたり売買をなしたとして、委託証拠金名下に、次のとおり、合計五八四万円の金員の預託を受けた。

<1> 昭和六二年九月二二日 七〇万円

<2> 九月二六日 七〇万円

<3> 一〇月 一日 五〇万円

<4> 一〇月 三日 九〇万円

<5> 一〇月 四日 九〇万円

<6> 一〇月一六日 一〇万円

<7> 一〇月二九日 四九万円

<8> 一一月 七日一五五万円

3 被告らの行為の違法性

被告らの以下のような取引行為は、先物取引業者及びその外務員としての注意義務に違反するばかりでなく、社会通念上許容されうる範囲を逸脱した違法なものである。

(一) 説明義務違反

(1) 断定的利益判断の提供

遠藤は、昭和六二年九月二一日原告に対し、イラン・イラク戦争の新聞記事を見せながら右戦争の影響によりゴムが値上がりするので「必ず儲ります。安心して任せてほしい。すぐに利益がでる。」などと言つて先物取引の危険性を説明しないまま、専ら利益が確実であるかのように申し向け、また被告坪川も「黒崎所長、必ず儲りますから、大丈夫委せて下さい。」などと言つて勧誘し、原告をして先物取引は必ず儲るものと誤信させて商品取引委託契約を締結させた。

(2) 危険性の不告知

先物取引委託業者が一般委託者に対し先物取引の委託勧誘を行うにあたつては、先物取引が投機であり、また非常に危険性の高いものであつて、かつてその取引の仕組みの理解もきわめて難しいものであることから、その投機性・危険性等の説明を一般委託者に対して行うことが必要不可欠である。ところが、遠藤は原告を勧誘するにあたつて、これらの説明、ことに委託追証拠金の説明を全くしなかつた。

(二) 両建による客殺しの違法性

被告坪川は、原告に対し、取引開始後六日目に、何等両建の必要もなく、また両建によつて新たに倍額の金員の支出を余儀なくされることを告知しないまま、あたかも両建した玉の両方に利益がとれるかのように言つて、買二〇枚に対し売二〇枚の両建を勧めてこれを行わしめ、また、その後も数回無意味な両建行為を反復させた。

(三) 無断売買、無意味な反復売買と途転、買増玉を連結させた客殺しの違法性

被告坪川は、昭和六二年九月二八日から一一月一〇日までの一ケ月余の間に合計四三回にわたつて反復売買、途転を繰り返したが、これらの行為はいずれも、原告の意思に基づかないものである。これにより、被告会社は三三七万九〇〇〇円の手数料収益をあげている。また、被告坪川は、原告に対して利益が出ても現金を交付せず、一方的に買増玉分の証拠金に組み込み買玉増を行い続けた。

(四) 仕切拒否の違法性

原告は被告坪川に対し昭和六二年一〇月七日決済要求をしたのに同被告はこれを拒否し、無断で買増玉を行い、その後も原告の決済要求を拒否して無断売買を続けた。

(五) 度重なる「無敷」の違法性

被告会社は、委託証拠金を預からないまま取引の委託を受ける「無敷」行為を行つた。即ち、原告は、昭和六二年九月二八日、一〇月九日、同月二七日、一一月四日の各取引の委託証拠金の支払をいずれも数日遅滞しており、また一一月一〇日の取引の委託証拠金は支払つていないにもかかわらず、被告坪川は各取引を行つた。

(六) 新規委託者保護管理規定違反

右規定は、新規委託者については、三ケ月の保護育成期間が設けられており、この期間中は原則として二〇枚以下の建玉でしか取引することができないとしているが、被告坪川は右規定に反して原則を超える場合の例外措置を行うための要件を全く備えないまま、原告を過大な取引に引き込んだ。

4 被告らの責任

被告ら行為は、詐欺・公序良俗違反に該当し、商品先物取引業者に課せられた商品取引所法等の各種法規ならびに公序良俗に違反するから、個々の行為はもとより一連の行為が全体としても不法行為を構成し、また債務不履行に該る。従つて、被告らは債務不履行ないし不法行為責任により、原告が蒙つた後記の損害を賠償すべき義務がある。

5 損害

原告が蒙つた損害は次のとおりである。

(一) 預託金 合計五八四万円

(二) 慰謝料 五〇万円

(三) 弁護士費用 一一〇万円

よつて、原告は、被告らに対し、民法七〇九条、七一五条、七一九条、四一五条に基づき、七四四万円とこれに対する不法行為等の後である昭和六二年一一月一八日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否及び主張

1 請求原因1の事実は認める。なお、原告は当時ベルウッド電気株式会社仙台営業所の所長であつた。

2 同2(一)の事実のうち、遠藤が原告主張の日時に原告に対して「今、ゴムが一五〇円台です。三月のころは一三〇円台でした。二〇円値上がりしている」旨の話をしたこと、原告から委託証拠金の預託を受けたことは認めるが、その余は否認する。遠藤は、原告に対し、商品取引委託のしおり及び東京工業品取引所の受託契約準則を交付し、その内容について説明して、商品取引の危険性についても告知したうえで原告を勧誘したものである。同(二)(三)の事実は否認する。同(四)の事実は認める。但し、委託証拠金として預託を受けた日は<3>については九月三〇日、<4>については一〇月五日、<5>については一〇月一四日である。なお、被告会社は、原告に対し、ゴム益払いとして昭和六二年一〇月六日に三一万六〇〇〇円、同月七日に三四万七〇〇〇円を各支払い、うち三一万円、三四万円を原告は被告会社に委託証拠金として振替預託している。また、被告会社は原告に対し、うち三四万円を同日委託証拠金として振替預託している。

3 同3の違法性の主張はいずれも争う。同(一)については、遠藤は原告に対し、「イラン・イラク戦争の影響によりゴムが値上がりする可能性がある」という自己の相場観を述べたに留まり、断定的判断の提供を行つたわけではない。また、「商品取引委託のしおり」等の文書を示しながら、損をする可能性についても十分な説明を行い、原告の納得を得て取引の委託を受けたものである。同(二)については、原告主張の両建はいずれも値段の急激な下落に対処するため、原告と協議してその指示によりなしたもので理由のあるものである。同(三)(四)については、被告坪川は、本件先物取引の全ての建玉について、その都度原告にアドバイスを行い、原告の判断を仰いだ上でその注文を執行しており、無断で建玉を行つたことはない。また、一一月五日には全ての建玉を手仕舞にするという結論に達しておらず、従つてその日以降の建玉は原告の仕切要求を無視した無断売買ではない。同(五)(六)については、いずれも取引所指示事項に反するが、右指示事項は商品取引員の内部規範的なもので第三者との関係では法的拘束力を有しないものであるから、右指示事項に反するからといつて不法行為が成立するものではない。

4 同4の責任は否認する。

5 同5の損害は争う。

三  抗弁(過失相殺)

仮に、被告らに不法行為責任があるとしても、次のとおり原告にも過失があるから、八割の過失相殺をすべきである。即ち、

1 原告は本件先物取引契約当時三〇歳で、電気会社仙台営業所の所長であり、社会的経験に富んでいたのであるから、被告会社の外務員らの勧誘時における商品取引についての種々の説明を十分理解し、かつその可否を判断する能力を十分有していた。

2 原告は、被告会社の外務員から勧誘を受けてから契約締結に至るまで約半年間の熟慮期間をおいた後、遠藤の提示した商品取引ガイド等の各種の説明資料に目を通し、また同人から取引の仕組や方法、危険性などについての説明を受けて契約した。

3 商品先物取引契約は、いつでも解約できるものであり、また、原告の社会的経験から見れば、断固とした態度で損勘定で取引を中止することができたはずであるにもかかわらず、手仕舞することなく断続的に本件先物取引を行つた。

四  抗弁に対する認否及び反論

本件のように、原告の無知に乗じて原告が過失に陥るのを目論で違法行為がなされた場合にまで過失相殺を認めるとすれば、社会秩序を乱す違法行為を容認する結果を招来し正義にもとり、また、過失相殺の基本的理念である公平の観念にも反するものとなるから、過失相殺は許されるべきではない。

(反訴について)

一  請求の原因

1 被告会社は、東京工業品取引所等の商品市場におけるゴム等の商品先物取引の受託等を目的とする商品取引員たる会社である。

2 被告会社は原告との間で、昭和六二年九月二一日、原告を委託者とし、被告会社を受託者とする東京工業品取引所の商品市場における売買取引の受託契約を締結した。

3 原告は被告会社に対し、同月二二日から同年一一月一八日までの間、別紙委託者別先物取引勘定元帳のとおり、東京工業品取引所の商品市場におけるゴムの売買取引の委託をなした。その間の原告の売買取引の損益の結果及び原告が被告会社に支払うべき委託手数料の額等は次のとおりである。

<1> 売買差益金 四五三万五五〇〇円

<2> 売買差損金 七二五万五〇〇〇円

<3> 委託手数料 三三五万三〇〇〇円

<4> 差引差損 (<2>+<3>-<1>) 六〇七万二五〇〇円

4 原告は被告会社に対し、昭和六二年九月二二日から同年一一月七日までの間に、売買取引の委託に必要な委託証拠金として、合計六四九万円(原告から五八四万円及び被告会社から原告に支払われた利益金から振替えられた六五万円)を預託した。

5 出入金及び差引差損並びに精算残額は次のとおりである。

原告から被告会社に対する入金(委託証拠金) 六四九万円

被告会社から原告に対する出金(利益金) 六六万三〇〇〇円

原告の負担すべき差損 六〇七万二五〇〇円

被告会社の立替金残金 二四万五五〇〇円

6 原告の売買取引の結果は、昭和六二年一一月一八日の手仕舞後の帳尻金は、別紙委託者別先物取引勘定元帳別表の差引残高欄記載のとおり、六一一万〇五〇〇円の損失(売買差損金)であつて、被告会社は、昭和六三年一月一二日、取引所との間で原告のために右金員を立替払いした。従つて、同日現在、被告会社は、原告に対して右と同額の立替金請求権を取得したところ、同年二月二日、受託契約準則二四条に基づき、原告に対しあらかじめ通知して五八六万五〇〇〇円の預かり委託証拠金を、右立替金の一部弁済に充当した。

よつて、被告会社は原告に対し、右立替金の残金二四万五五〇〇円とこれに対する反訴状送達の日の翌日である昭和六三年四月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求原因1、2の事実は認める。同3は否認する。同4の事実のうち、原告が五八四万円を預託したことは認めるが、その余は不知。同5は不知。同6は否認ないし争う。

2 本件委託契約は、被告会社の詐欺商法に基づくもので、商品取引所法並びに関連法規に違反し、民法上も詐欺にあたり取消されるべきであり、また、公序良俗に反し無効である。

第三  証拠《略》

【理 由】

第一  本訴について

一  請求原因1の事実、同2(一)のうち、遠藤が原告主張の日時に原告に対して「今、ゴムが一五〇円台です。三月のころは一三〇円台でした。二〇円値上がりしている」旨の話をしたこと、原告から委託証拠金の預託を受けた事実、及び同2(四)の事実は、一部委託証拠金を預託した日を除き、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、原告が被告会社と商品先物取引をするに至つた事情などについてみる。前記一の事実並びに《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  原告は、東北工業大学通信工学科を卒業して電気工事会社に五年間勤めた後、ベルウッド電気株式会社に勤務して仙台営業所の所長をしている者であるが、商品取引や証券の信用取引等の知識経験はなく、それらについての関心もなかつた。

2  原告は昭和六二年三月頃、被告会社の仙台営業所の外務員中根寿勝から、電話で商品先物取引の勧誘を受けて断わり、その後も同外務員からの再三の勧誘の電話を断わり続けたが、しかし、同年九月二一日、被告会社の外務員遠藤貢から、電話で予めゴムの商品先物取引について説明したい旨の用件を告げられ、面談の申入れを受けて断わり切れず、同日午後六時頃から同九時半頃までの間、勤務先事務所において、ゴムの商品先物取引についての説明を受けた。

その際、遠藤は、イラン・イラク戦争の新聞記事等を示して「天然ゴムの値段がいくらかご存じですか。今、九月現在、一五〇円台です。三月には一三〇円台でした。もう二〇円もあがつてきてます。今後は一八〇円位まで確実に上がります。最高二〇〇円になるかもしれません。ぜひいま買つておけば必ず儲りますよ。」などと申し向け、金がないと断わる原告に対し、「一枚は七万円です。最低一〇枚単位ですので七〇万円になります。ここは頑張つてもらつて金の工面では苦労しますが苦労した分だけ大いに儲けていただきます。」と畳み掛け、なお躊躇する原告に「まず値段が下がることはありえないでしよう。」などと言つてゴム取引の契約締結を勧誘した。

右のような勧誘を受けて、原告は取引する気になり、ゴム一〇枚を買うこととし、遠藤から、「商品取引委託のしおり」、「東京工業品取引所の受託契約準則」といつたパンフレット等を受取り、乙九の「東京工業品取引所の商品市場におけるゴムの売買取引を委託することを承諾し、これについて先物取引の危険性を了知したうえで、受託契約準則の規定を遵守して売買契約を行うことを承諾する」旨の承諾書、前記「商品取引委託のしおり」の交付を受けかつその内容の説明を受けたことを証する受領書に署名押印した。

その後、遠藤はその場から上司の被告坪川に電話して原告とゴム商品取引委託契約が成約した旨の報告をしたが、右報告を受けた同被告は、原告を電話口に出させて、「黒崎所長、必ず儲りますから、私たちを信頼して委せて下さい。」と申し添えた。そして、翌二二日、原告は、委託証拠金七〇万円を用意して被告会社に持参して交付し、その際遠藤から、委託追証拠金についての説明を受けたが、十分な理解はできなかつた。

3  遠藤は、同日前場一節でゴム五月限買玉一〇枚を原告の計算で買い、これが本件商品取引の始まりとなつた。その後、遠藤は、同月二五日、電話で産地シンガポール市場に韓国、中国、ソ連といつた消費国による手当が強まつているからといつて買増しを勧め、原告が金がないと断わると、「銀行等から借りたらどうですか。利益が出たらすぐに返済できますよ。大丈夫ですから。明日七〇万円なんとかお願いします。」と勧誘し、原告も安易に儲るものと思い込み、さらに一〇枚の建玉注文をし、翌二六日七〇万円を工面して被告会社に交付した。

4  ところが、同月二八日被告坪川から電話で「大変です。値段がいま一円下がつてきています。どうしますか。」「今すぐに両建を組まれた方が良いです。五円以下になつてしまうと両建が組めなくなります。七円以下ですと追証がかかります。所長のために三日待ちますから、一四〇万円用意して下さい。」などと言われ、このままでは損が拡大して追証がかかると元も子もなくなるから両建をするように勧められ、原告もそのまま両建を行わなければ全てを失う反面、一四〇万円を用意すれば損失は回避しうるものと判断し、やむなくその勧誘に応じることとした。その結果、被告坪川は同日、委託証拠金の預託がなされないままで原告の計算で売二〇枚を建てたが、原告は、同年一〇月一日に会社から借入れた五〇万円を、また同月三日に銀行から借り入れた九〇万円をそれぞれ右の委託証拠金として被告会社に交付した。なお、その後においても、被告坪川は、一〇月二七日、一一月四日の両建分については委託証拠金が二、三日遅滞しているのに取引し、また、一一月一〇日の売六六枚の両建分については委託証拠金が原告から預託されないまま取引した。

5  その後、一〇月三日から七日にかけて値上がりの気配を見せたため、被告坪川らは、「確実に利喰つていつた方が良いです。」などと言つて、三日には先に両建した新規売建玉二〇枚、一五三・八円を同一値段で仕切り、新規に一八枚、一五五・一円の買建玉をするよう勧め、また六日には最初に建てた買建玉を仕切つて利を出すように勧めて儲け分で買増玉をなし、さらに七日にも出た利益を買増玉に回したりした。これに対して原告は、利喰つた分は現金にし、枚数は増やさないで欲しい旨要望したが、同被告らから枚数で持つていた方が大きく利益が取れるから委せて欲しいなどと言われると、その言うがままに動くより仕方がなく、その指示に従つた。

6  その後の本件商品取引の明細は、別紙取引経過表記載のとおりであり、多数回にわたる建落ち、また既存の建玉を仕切ると同時に新規に売直し買直しを行う「反復売買(ころがし)」がなされているが、これらはいずれも被告坪川から「値段が上がつてきそうです。売りを買いに切り替えましよう。」などと言われるがままに従つて行われたものである。また、同月九日、二七日、一一月四日、同月一〇日にはそれぞれ両建がなされているが、これらも右同様に被告坪川から、「暴落で決済ができない。」「ストップ安ですぐには決済できない。」などと両建の他にとるべき方法がないかのような話をされ、やむなく同被告の言に従つたものである。原告は、右各両建のための委託証拠金のうち一一月四日の分までのものは弟などから借金して支払つたが、これ以上の取引を止めようと思い、一一月六日に叔父の高橋正美を同行して被告会社を訪れ、被告坪川に対して損が出てもかまわないから全部仕切つて欲しい旨要請した。しかし、同被告は今はストップ安ですぐには決済できないなどと言つてこれに応ぜず、前記一一月一〇日に建玉(両建)をした。

その結果、当初二〇枚から始まつた取引は最終的には一三二枚にも達し、損失を大きくした。そこで原告は、やむなく原告訴訟代理人に依頼して一一月一七日にこれまで交付した委託証拠金の返還を求める書面を出したところ被告坪川は翌一八日をもつて全建玉を決済した。

7  本件取引が開始された昭和六二年九月二二日から手仕舞により終了した同年一一月一八日までに行われた取引は、合計四四回であり、その間建玉のために必要な委託証拠金として原告が支払つたのは合計五八四万円であり、その他は取引による利益金六六万三〇〇〇円のうち六五万円を委託証拠金に振替えられ、それらをもつて新規建玉がなされたものである。その間の個々の取引において利益が生じたものがあるとはいえ、右取引期間を通じて原告が手仕舞により清算すると、その殆どは損金が発生する状況であつた。なお、右取引により被告会社が受けた手数料は合計三三五万三〇〇〇円である。

8  原告は、取引報告書等により個々の取引について少なくとも事後報告を受けていたが、その詳細な内容については不満はあるものの、間違いはないものと思つて、異議を述べずに残高照会回答書に相違ない旨を記載して被告会社に返送していた。

以上の事実が認められ(る。)《証拠判断略》

三  右認定の事実に基づいて被告らの不法行為責任について判断する。

1  まず、勧誘について原告は被告会社の従業員遠藤の勧誘には商品取引所法九四条の「利益を生ずることが確実であると誤解させるべき断定的判断を提供し」た勧誘があつたと主張するが、以上認定の事実関係によれば、夜間三時間以上にもわたつて勧誘を続けている点などに妥当性を欠いてはいるものの遠藤らの発言は未だ取引上許された域を超えないものと見る余地がある。しかし、委託追証拠金が必要となる場合等についての説明は委託契約の翌日に行い、しかも原告が十分理解できるような説明をせず、漫然と原告に損をしても証拠金の半分までしか損をしないと信じこませ、不安がつていた原告を先物取引に引き込んだことが認められるから、先物取引の経験が全くなく取引の仕組み等についてほとんど無知であつた原告に対する勧誘としては、それ自体としては不法行為にならないまでも、次の両建、反復売買(ころがし)、仕切拒否などの方法により結果的に原告に損失を蒙らしめたことと一体として考察すると、全体として不当との評価を免れ難い。

2  次に本件取引自体についてであるが、被告坪川が、原告が取引を開始した六日目にさして両建の必要があるとは思われない(この時点においては、ゴムの相場は一円しか下がつておらず、客観的な値動きからみても両建の必要性はない)のに、かつ、今日殆ど顧客の利益にとつては無意味に近いと言われている「両建」を勧め、その後も数回同様の両建を繰り返し勧め、また、原告の仕切要求に応じないで手数料稼ぎとも思われる反復売買(ころがし)、買増玉の方法を組合せて取引を続け、殊に一一月六日における明確な全部の仕切要求にもすぐには応ぜず、その後においても建玉するなどして、結局弁護士を通じて一一月一八日に至つてはじめて取引終了したことは、取引所指示事項(全国の商品取引所が禁止事項として指示した事項)7「無意味な反復売買」、同8「過当な売買取引の要求」、同9「不当な増建玉」、同10「両建玉」に違反し、無断売買に等しい行為ないし委託者の保護に欠ける行為として、商品取引所法九四条三号、四号、九六条、受託契約準則一八条(一任売買の禁止)に違反するものと評さざるを得ない。また、その間所定の日時までに委託証拠金の預託がないまま新規の売買をなしており、これらの行為も商品取引所法九七条に違反している。更に、原告は新規委託者であつて被告坪川らの勧めに従つて委託開始後二か月足らずのうちに一三二枚もの取引を行つているが、これは、新規委託者保護管理規則(新規委託者の保護育成を図り受託業務の適正な運営を確保するため、商品取引員における管理責任体制の整備等について必要事項を定めたもの)に定める二〇枚の制限を超える取引であり、同被告らが原告の理解力及び資力を考慮して右制限を超える建玉をすることを適当と判断したこと及び右規則の求める管理保護をしたことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて被告坪川は、右規定の内容趣旨を十分理解していないことが窺われる。

右諸規定が委託者の被害防止ないし利益保護を目的とした規定(委託証拠金は主として商品仲介人が委託者に対して取得すべき委託契約上の債権を担保するものであるが、同時に委託者を過当投機から保護する機能をも果たすものであることは否定できない)であることを考慮すると、右諸規定に違反する前記被告坪川らの行為を単なる取締法規の違反取引として見過ごすことはできず、民事上の不法行為を構成する違法な行為というべきものである。

3  従つて、被告坪川は原告に対する不法行為責任を免れない。そして、遠藤、被告坪川の各行為が被告会社の業務の執行につきなされたものであることは明らであるから、同被告はその使用者として民法七一五条一項本文により、原告が右不法行為により蒙つた損害を賠償すべき義務を負う。

四  そこで、原告主張の損害について検討する。

1  原告が本件取引に伴い、被告会社に合計五八四万円を預託したことは当事者間に争いがなく、右金額が被告坪川らの前記不法行為によつて原告に返還されないことになつたのであるから、右金額をもつて損害と認める。

2  しかし、原告が被告会社の従業員の勧誘に応じて先物取引に関わりをもつて以後、次々に金員支払の請求を受けてその間それ相当の精神的苦痛を味わつたことであろうことは推察されるが、右については、後述するように原告自身の軽率さ、射幸心によるところも少なくなく、かつ、財産上の損害は特段の事情がない限り原則として財産上の回復により精神的損害も慰謝されるのが通常であることなどに照らし、認められないところ、右特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、慰謝料請求は認められない。

3  次に、被告らの主張する抗弁(過失相殺)について判断する。

先物取引が投機性が高くそれ相応の専門的知識も経験もなしにこれを行うと時として大きな損害を蒙ることがあることは公知の事実であるにかかわらず、原告は、漫然と被告会社の従業員の勧誘にのつて取引の委託をなし(原告の年齢、社会的地位からすれば被告会社の外務員の虚言性をみ看破することはさして困難とは思われない)、原告会社から交付されたパンフレットやしおり、受託契約準則等を熟読せず、取引の都度送られてきた売買報告書兼計算書に対し少なくとも正式に異議を述べず、被告坪川らの言葉に引きずられて取引を継続し、手仕舞についても毅然たる態度でなさずに損害の増大を招いた点において、原告自身にも過失があつたものというべく、原告の過失は相当大なるものがあるといわなければならない。

なお、原告にも前記のような過失が認められる以上、公平の観点から過失相殺を否定すべき理由はない(被告坪川らの行為が違法とはいえ、公序良俗に反するものとまでは言えないことは後述のとおりであ)から、本件のような場合には過失相殺すべきでないとの原告の主張は採用できない。

そこで、被告らが原告に対して賠償すべき損害額については、右の点その他本件にあらわれた原告、被告ら双方の諸事情を斟酌し、原告の過失を四割とし、前記損害額から右割合を控除して三五〇万円(一万円未満切捨)とするのが相当である。

4  弁護士費用としては、本件事案の内容・認容額等に鑑み、金三五万円を相当因果関係のある損害と認める。

五  そうすると、原告の被告らに対する本訴請求は、金三八五万円とこれに対する不法行為の後である昭和六二年一一月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが、その余は失当というべきである。

第二  反訴について

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。そして、《証拠略》によれば、同3ないし6の事実(原告が五八四万円を預託したことは争いがない)が認められる。

二  本件取引のほとんどが原告の事前の具体的な指示なしになされたものであり、委託証拠金の徴収も商品取引所法、受託契約準則の定めるところにしたがつてなされていないものがあり、被告会社の従業員の勧誘方法等にも妥当性を欠く点があることは前述のとおりであるが、これらを全部総合しても、本件契約が詐欺によるもの、あるいは公序良俗に反するものとまでは認めがたい。従つて、本件委託契約は詐欺によるもの、あるいは公序良俗に反し無効であるとの原告の主張は採用できない。

三  よつて、被告会社の原告に対する反訴請求は理由がある。

第三  結論

以上の次第で、本訴については、右説示の限度で認容し、その余を棄却し、反訴については、被告会社の請求を認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行免脱の申立は相当でないから却下する。

(裁判官 阿部則之)

《当事者》

原告(反訴被告) 黒崎正明

右訴訟代理人弁護士 吉岡和弘

右訴訟代理人弁護士 山田忠行

被告(反訴原告) 西友商事株式会社

右代表者代表取締役 木村秀規 <ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 北野昭式

右訴訟復代理人弁護士 稲沢宏一 同 小嶋千城

右稲沢宏一訴訟復代理人弁護士 片岡 剛

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